わかちあい   
「潜伏キリシタン至福の里」追悼ミサ 
Thursday, July 26, 2012, 18:42 -
「潜伏キリシタン至福の里」追悼ミサ
 
5月19日(土)に、萩と津和野の間にある山間の地、福栄「紫福」でキリシタン追悼ミサが行われた。1551年に聖サビエルに福音宣教の許可を与えた守護大名の大内義隆に代わり、1557年に山口の支配者となった毛利元就の迫害から逃れるため山口から福栄に移り住んだキリシタンは数百名と言われる。福栄を知行地としていた熱心なキリシタン三輪3兄弟(八郎兵衛<洗礼名不明>、アンデレ九右衛門、ジョアン少次郎)のトップから民百姓まで全てキリシタンの村で、カトリック・ユートピア村を形成していたと思われる。1600年、天下分け目の「関ヶ原の戦い」に敗れ、広島を追われた主君、毛利輝元に忠実に従って山口に来た重臣、メルキオル熊谷豊前守元直(2008年列福)による萩城築城の際にも全村あげて大きな力となったという。1605年、熊谷元直と三輪3兄弟が毛利輝元に討たれ殉教した後、保護者を失った村人たちは、長崎のように明治維新まで潜伏キリシタン共同体として生きることはできなかったが、自分たちが信仰した証しとして多数のキリシタン墓を残した。1999年に地元の協力を得て、山口教会と萩教会の信徒有志が、福栄町紫福地区に「キリシタン至福の里祈念地」として造成整備した。こうして聖サビエル以来450年の時空を越え、キリシタンの信仰が日の目を見ることになり、毎年5月に野外ミサを捧げている。                                      
今年も五月晴れの5月19日、萩市の福栄支所長と地元町民も参加の中、山口・萩・津和野・防府・小野田・益田の各教会そして広島から100名を越える巡礼者が集まった。  主司式司祭は、今年の復活祭後に福音宣教の前線に復帰したヴィタリ神父、西山神父(津和野教会)と恩地神父(萩教会)との共同司式で、厳しい迫害時代に潜伏しつつ信仰した先人を讃えて祈りと賛歌を捧げた。         
次は、9月22日(祝)計画の「萩巡礼ウォーク」で、福者熊谷元直と同志殉教者と「浦上四番崩れ」で長崎から萩に流配された女子供を含む約300名が、命と人権を奪う拷問と餓え渇きに耐え、明治6年に禁教令が解かれるまで信仰の証しをした浦上信徒を讃える「萩キリシタン殉教記念公園」まで徒歩巡礼して野外ミサを捧げます。途中で潜伏キリシタンたちが地下トンネルを抜け集まって祈り(オラショ)をしていたというお寺の「秘密の地下空間」も見せてもらう予定です。 (潜伏キリシタンの里「至福の会」)



キリシタン追悼ミサでのヴィタリ神父


 
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