わかちあい   
ビブリコ報告 山中大樹  
Sunday, June 2, 2013, 14:22 -
ビブリコ報告
山中大樹

(English follows)
   
 現在ビブリコ共同体に居住し、リチェンツィア・コースで学ばせて頂いています。2008年から2年間六甲中学校・高等学校に派遣された後、ローマに送られました。到着後4ヶ月イタリア語を学び、その後、ビブリコでの学びが始まりました。最初の一年間は予科であり、朝起きてから夜寝るまでひたすらヘブライ語とギリシア語文法と格闘しました(このコースを終えるまでに学生数は約半分になったでしょうか)。ちなみに、この時期の学生については「トレビの泉がどこにあるかさえ知らない」という冗談があるそうです(ビブリコからトレビの泉は歩いて2,3分です)。
 その後、リチェンツィアのコースに入り、1年半が経過しました。言語を更に学ぶ以外は、いずれの神学校、神学部と同じく、講義は釈義が中心です。敢えて特徴を一つ挙げるとすれば、先ず以て聖書テキストの原文を読むことを特に大切にしているということでしょうか。私自身は残念ながら聖書学の神髄に開眼したということはないのですが、ただ聖書テキストと奮闘し続けている、これが現在までの大きな収穫物だと言えます。
 ローマの生活ですが、今年に入って聖座空位に続いて新教皇選出という出来事に出遭いましたが、それ以外に特筆すべきこととして、世界各地から学びに来ている信徒、聖職者、会員たちとの出会いが挙げられます。イエズス会員との出会いにだけ限って書きますと、ビブリコに移動する前にはベラルミーノ神学院に居住していましたが、不確かですが30カ国以上から来た60-70名の会員と住むことができました。イエズス会が全世界で活動していることを肌で感じました。ただ、会員数が増加している管区からの会員はその数を誇り、会員数が多かった管区からの会員はその伝統を誇っている、そのような傾向を感じます(個人的な穿った見方なのでしょう)。
私たちの管区は、再渡来の時点から考えますと相対的にまだまだ若く、平均年齢からすれば高齢ですから、ある意味では人間的に誇るものはないようにも思えます。ただ、だからこそ「主を誇」(Iコリ1,31)りつつ、誠実かつ謙遜に「十字架につけられたキリストを宣べ伝え」(1,23)続けることが出来得るのだと思います。今暫く研究生活に埋没させて頂きます。その後、皆様と共に神の福音を伝えることに邁進できればと思います。

Report from the Biblicum
(T. Yamanaka)


At present I am living in the Biblicum Community studying in the licentiate course. By way of a brief summary, after 2 years at Rokkō High School, I was missioned to Rome in 2010. I spent my first four months studying Italian and after that began studying at the Biblicum. The first year is called the anno propedeutico (preparatory year), during which I had to wrestle with Hebrew and Greek grammar from morning till night. (During this year the number of students drops by half.) It is jokingly said that 1st-year students do not even know where the Trevi Fountain is, even though it is only a few minutes’ walk from the Biblicum.
Then a year and a half ago I entered the licentiate program. Apart from further language study, the lectures center on exegesis, just as in any other seminary or theology department. If pressed to cite one special characteristic, it would be the great importance given to reading scriptural texts in the original. Unfortunately, I cannot say that my eyes have been opened to the essential core of biblical studies, but I continue to struggle with the texts. I guess this may be my major achievement to date.
As for life in Rome, I experienced the papal abdication and election. The only other thing I can mention is meeting laypeople, religious, and Jesuits from all around the world who come to study here. Before moving to the Biblicum, I was living at the Bellarmino with 60 to 70 Jesuits from about 30 different countries. I could feel in my bones that the Society is active all over the world.
It may simply be my own cynical observation, but I feel that Jesuits from provinces that are growing tend to take pride in their numbers, while Jesuits from provinces with declining membership take pride in their heritage. Considering out own Province from the time of re-entry in 1908, we are still comparatively young but, with our advanced average age, we are also elderly, so in some ways we may have nothing to boast of. However, precisely because of this I think we can “boast in the Lord” (1 Cor 1:31) and continue to “preach Christ crucified” (1:23) sincerely and humbly.
After burying myself in this life of research for a while longer, I hope to join you in the task of passing on the Gospel of God.

ミャンマーとインド・カルナタカ訪問 
Sunday, March 24, 2013, 19:49 -
梶山管区長は2月~3月にかけてミャンマーとインド・カルナタカを訪問し、イエズス会関連施設を訪問した。



ミャンマー訪問





インド・カルナタカ訪問



助祭叙階式 
Sunday, March 24, 2013, 19:44 -


助祭叙階式

2013年3月2日、ボニー・ジェームス神学生が聖イグナチオ教会の聖マリア聖
堂にて30名の共同司式の司祭に囲こまれて、幸田司教によって助祭に叙階された。司祭叙階は8月31日、インド・ケララ州で故郷のシロ・マラバル典礼で執り行なわれる予定である。

仕えるために 
Saturday, September 29, 2012, 05:43 -
『仕えるために』



叙階式に合わせて、若手会員が編集しました小冊子『仕えるために』が
出版されました。

目次 
巻頭言
特集①「東日本大震災に直面して」
イエスの仲間への道 ― イエズス会の養成
神学生の横顔
特集②「若者と共に歩む宣教」
新司祭の横顔
世界地図の中で見る日本のイエズス会員
召命に関するプログラムの紹介
編集挨拶        


『仕えるために』をご希望の方は管区長室(03-3262-0282)までご連絡下さい。

2012叙階式 
Sunday, September 23, 2012, 05:35 -
2012叙階式


日 時 :  2012年9月22日(土)14:00~

場 所 :  麹町(聖イグナチオ)教会 主聖堂

司式司教:  東京大司教区 教区長 ペトロ岡田武夫

叙階者 :  マキシミリアノ・コルベ 小暮康久
       アルン・プラカシュ・デソーザ(Arun Prakash D’Souza)



ペトロ岡田武夫大司教様による按手(小暮康久)




ペトロ岡田武夫大司教様による按手(アルン・プラカシュ・デソーザ)



司祭の聖体拝領





叙階者の挨拶①





叙階者の挨拶②

「潜伏キリシタン至福の里」追悼ミサ 
Thursday, July 26, 2012, 18:42 -
「潜伏キリシタン至福の里」追悼ミサ
 
5月19日(土)に、萩と津和野の間にある山間の地、福栄「紫福」でキリシタン追悼ミサが行われた。1551年に聖サビエルに福音宣教の許可を与えた守護大名の大内義隆に代わり、1557年に山口の支配者となった毛利元就の迫害から逃れるため山口から福栄に移り住んだキリシタンは数百名と言われる。福栄を知行地としていた熱心なキリシタン三輪3兄弟(八郎兵衛<洗礼名不明>、アンデレ九右衛門、ジョアン少次郎)のトップから民百姓まで全てキリシタンの村で、カトリック・ユートピア村を形成していたと思われる。1600年、天下分け目の「関ヶ原の戦い」に敗れ、広島を追われた主君、毛利輝元に忠実に従って山口に来た重臣、メルキオル熊谷豊前守元直(2008年列福)による萩城築城の際にも全村あげて大きな力となったという。1605年、熊谷元直と三輪3兄弟が毛利輝元に討たれ殉教した後、保護者を失った村人たちは、長崎のように明治維新まで潜伏キリシタン共同体として生きることはできなかったが、自分たちが信仰した証しとして多数のキリシタン墓を残した。1999年に地元の協力を得て、山口教会と萩教会の信徒有志が、福栄町紫福地区に「キリシタン至福の里祈念地」として造成整備した。こうして聖サビエル以来450年の時空を越え、キリシタンの信仰が日の目を見ることになり、毎年5月に野外ミサを捧げている。                                      
今年も五月晴れの5月19日、萩市の福栄支所長と地元町民も参加の中、山口・萩・津和野・防府・小野田・益田の各教会そして広島から100名を越える巡礼者が集まった。  主司式司祭は、今年の復活祭後に福音宣教の前線に復帰したヴィタリ神父、西山神父(津和野教会)と恩地神父(萩教会)との共同司式で、厳しい迫害時代に潜伏しつつ信仰した先人を讃えて祈りと賛歌を捧げた。         
次は、9月22日(祝)計画の「萩巡礼ウォーク」で、福者熊谷元直と同志殉教者と「浦上四番崩れ」で長崎から萩に流配された女子供を含む約300名が、命と人権を奪う拷問と餓え渇きに耐え、明治6年に禁教令が解かれるまで信仰の証しをした浦上信徒を讃える「萩キリシタン殉教記念公園」まで徒歩巡礼して野外ミサを捧げます。途中で潜伏キリシタンたちが地下トンネルを抜け集まって祈り(オラショ)をしていたというお寺の「秘密の地下空間」も見せてもらう予定です。 (潜伏キリシタンの里「至福の会」)



キリシタン追悼ミサでのヴィタリ神父


日本二十六聖人殉教者列聖150周年記念式典 
Friday, June 22, 2012, 20:55 -
日本二十六聖人殉教者列聖150周年記念式典
「日本カトリック長崎・西坂巡礼所」銘板除幕式





日本二十六聖人殉教者列聖150周年を記念する行事が、去る6月8日から10日まで、京都、岡山、そして、長崎で行われた。6月10日、イエズス会士パウロ三木、ヨハネ五島、ヤコブ喜斎を含む26人が、自らの血をもって信仰を証しした西坂の土地が、今年初めの司教総会で、「日本カトリック長崎・西坂巡礼所」として承認された。二十六聖人の姿を刻んだ記念碑の足もとにそのことを記念する銘板が置かれ、その除幕式が、駐日教皇大使チェノットゥ大司教、高見長崎大司教、4人の司教、梶山管区長、フランシスコ会長谷川管区長、田上長崎市長、市関係者等の隣席のもとで行われた。
長崎での記念行事の圧巻は、高見大司教、6人の司教、100人近い司祭、そして1000人を超える信徒によって、浦上教会でささげられた感謝のミサである。主司式を勤めた高見大司教は、説教の中で聖パウロの雄々しい姿に触れ、現代においても、自らの信仰への忠実を強く訴えられた。
記念行事の最後を締めくくる晩餐会は、長崎教区とイエズス会日本管区の共同主催で関係者約140名を迎えて行われた。西坂の地に日本26聖人記念館を建設し、多くの巡礼者を迎え、イエズス会ゆかりの地で宣教活動を再開して50年を迎えた日本管区にとっても、地元の方々をはじめ、お世話になった多くの方々に感謝する機会となった。           (作道宗三)
Br. マヌエル・エルナンデス 
Saturday, November 20, 2010, 06:40 -

(修道院)
2010年10月18日(月)午後1時から法務省において、長い間教戒師・篤志面接委員として刑務所・少年院生のために働いたことに対して、賞状と記念品を授与されました。全国教戒師会 篤志面接委員会からの表彰でした。
また、10月28日(木)午後1時から赤坂御苑での園遊会に招待されました。御苑の西門から入るように言われました。天皇御一家が会場に2時にお着きになり、2時半から1時間、皆様の間をお廻りになりました。天皇、皇后両陛下と御家族とお話しすることができまして、本当に忘れがたい印象を受けました。当日は、雨と寒さに1500人の方たちは頑張って耐えました。庭園は素晴らしく、あちこちにテントが設けられて焼肉、焼き鳥、飲み物も出されていました。記念のお菓子の箱を頂いて帰りました。
それから法務省の14階で法務大臣主催のお茶会がありました。私は教戒師理事として、他に一人のおばあさんが篤志面接委員として御主人と共に来られていましたが、法務大臣の代理の方が私達の経歴を読み上げて下さいました。全員で写真を撮りました。本当に素晴らしい一日でした。
神様とイエズス会に、心から感謝申し上げます。
                     Br. マヌエル・エルナンデス

叙階式 
Saturday, September 25, 2010, 11:31
叙階式

2010年9月23日午後2時からのミサの中で、岡田武夫大司教により、麹町聖イグナチオ教会において本会会員の洗礼者ヨハネ中井淳助祭(1975年生れ)、ガブリエル柴田潔助祭(1964年生れ)、ステファノ山内保憲助祭(1973年生れ)は、多数の参列者の見守る中で、司祭に叙階されました。この三名は、2011年3月まで上智大学において神学を学び、その後新たな任地に派遣される予定です。今後もこの三名のために、祈りと犠牲を捧げてくださるようお願いいたします。








ガブリエル柴田潔新司祭(1964年生れ)


洗礼者ヨハネ中井淳新司祭(1975年生れ)


ステファノ山内保憲新司祭(1973年生れ)

だいじょうぶ 
Tuesday, June 22, 2010, 18:59 -
● だいじょうぶ ●
~ベイ神父誕生に寄せて~

片柳 弘史


1 神学生時代の思い出
 ベイ神父のことを思い出すと、優しい笑みを浮かべながら、「だいじょうぶ、片柳さん」という彼の顔がいつも真っ先に思い出される。ベイ神父とは三年間、神学生共同体で一緒に生活した。そのあいだに、彼の口からこの言葉を何回聞いたか数えきれない。わたしが勉強のことや共同体生活のこと、イエズス会員としての適性のことなどで悩み、考え込んでいるのに気づくと、ベイ神父はいつも「だいじょうぶ。何も心配ない」と言って励ましてくれた。事態が深刻なときには、夕食のあと一緒に散歩をしたり、飲みながら夜遅くまで話したりしたこともあった。
 今から思えば、「だいじょうぶ」という言葉は、豊かな人生経験に裏打ちされた彼の揺るぎない信念のようなものだったのだろう。会社や軍隊での体験、神学生としてのさまざまな体験が、彼の中に神の御旨に対するしっかりとした信頼を培っていったのだろうと思う。「どんなときでもイエス様が一緒にいて下さる。だから、何も心配することはない。
「だいじょうぶ。」ベイ神父は、全身でそのメッセージをわたしに発していた。
 そのメッセージを受け取ったのは、わたしだけではないだろう。ベイ神父は、どんな人に対しても一貫して優しい人だった。ある時、どうしたらいつもそんなに穏やかでいられるのかと聞いたことがある。すると彼はしばらく考えてから、「嫌なことがあったら、その嫌なことをよいことにして相手に返す。イエス様とそう約束した」といつもの穏やかな口調で語った。そのとき、わたしは「ああ、この人はわたしと違う。この人はイエスにすべてを委ねている」としみじみ思った。
 実際のところ一緒に住んでいた三年のあいだ、彼が誰かの悪口を言ったり、憎しみや怒りの感情に飲み込まれたりしているのを見たことがない。自分では受けとめきれないほど嫌なことでも、イエスにお捧げすれば「だいじょうぶ」、イエスがよいものにして返して下さるということなのだろう。ベイ神父は、すべてをイエスに委ねて生きているのだ。

2 友として
 司祭には人それぞれに違ったよさがあると思うが、それらの一つひとつがイエスのある一面を表現しているのだと思う。イエスの情熱を体現する司祭。イエスの共感を体現する司祭。イエスの賢明さを体現する司祭。イエスの謙遜さを体現する司祭。いろいろな司祭がいる。
 ベイ神父の場合、その人柄が最もよく表現しているのは、イエスの優しさと神への信頼だと思う。彼の笑顔を通して、これから数えきれないほど多くの人々がイエスの笑顔を見ることになるだろう。「だいじょうぶ」という言葉を通して、悩み苦しむたくさんの人々が神への揺るぎない信頼に導かれていくことだろう。
 日本と韓国、近くて遠いこの二つの国を結びつける懸け橋として、「神の国」の働き手として、イエスの目に見える姿として、これからのベイ神父の活躍が大いに期待される。
いつの日か、またどこかで一緒に働けることを願ってやまない。

(かたやなぎ ひろし 六甲教会助任司祭)
※ベイ神父は母国韓国にて司祭叙階されました



蓼科山頂上にて(左:ベイ神父、右:片柳神父)
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