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社会司牧センター 
社会司牧センター・旅路の里25周年
                    高山 親(イエズス会司祭)

2007年4月、釜ヶ崎にあるイエズス会社会司牧センター・旅路の里は創立25周年を迎えました。旅路の里は日本の経済成長の最盛期に、イエズス会第32総会の第4教令を実践するために誕生した施設です。私は3年前からこの使徒職に携わってきましたが、その経験をここで紹介したいと思います。
 旅路の里が創立された当初、薄田神父がこの事業を始めたときは、毎日2万5千人から3万人もの労働者が釜ヶ崎に集まっていました。その頃は、どのように労働者の力をリサイクルの方式で再循環させて、社会に貢献させればよいのか、ということが重要な問題でした。しかし、それから25年たった現在、バブル経済の崩壊とともに、この地域にいる人々は、次第に少なくなり、労働者、日雇い労働者、野宿者、生活保護を受けている人々を含めても、5~6千人しか残っていません。行政は労働者の力をいかにリサイクルするのか、というのではなく、どのように労働者を社会から排出された「屑」、「廃棄物」として処理すればよいのか、ということを考えるようになりました。
 イエズス会社会使徒職の特徴から言うならば、最初は「労働者は社会を変革する主体」として、いろいろな施策を進めようとしていましたが、現在は「疎外されている人が、より公正で人間的な社会を目指して」生きることができる道を模索しようとしています。そして、グローバル化の軌道に乗ろうとしている日本の現代社会に対して、いかに釜ヶ崎という環境をローカルに実践するのか、という課題が出てきています。

 今、具体的に釜ヶ崎で起こっていることをお話ししましょう。毎日のように、千人ほどの日雇い労働者があいりん労働センターに集まって、仕事を求めています。しかし、彼らのニーズに対して、どれくらい応えられるのでしょうか。いくら職に就きたくても、誰も雇ってくれません。朝から一日中待って、そのまま、その晩シェルター(一日簡易宿泊所)に入るのです。毎日、朝晩このような同じ光景が繰り返されています。
 昼の時間には、釜ヶ崎にある四角公園や三角公園で炊き出しが行われ、多くの労働者が長い列をなして並び、毎回千食以上もの食事を必要としています。そして、路上でテント生活をする人々の状況も深刻になっています。毎週のように野宿者が襲撃されたり、テントが放火される事件が起きています。

 このような状況の中で、釜ヶ崎の環境をローカル化するために何をすればよいのでしょうか。私たちは釜ヶ崎とどのように関わってゆけばよいのでしょうか。幸いに、旅路の里や釜ヶ崎キリスト教協友会の施設に対して、多くの方々が関心を寄せられ、その関心によって生かされています。私たちは労働者・野宿者と共に社会を変革する主体となって、より多くの関心を喚起して、この環境を整えてゆきたいと思います。
 旅路の里には、年々全国から体験学習やボランティアをする学生が増えてきています。彼らは釜ヶ崎で多くのことを学ぶと同時に、将来日本社会を変革する主体となるよう期待されています。そのために、労働者・野宿者から多くの貴重なことを学んでいってほしいと思います。


 
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