わかちあい   
ベトナム管区 
迫害の嵐を経験して――新たな歩みと召命促進活動


 ベトナムのカトリック教会は豊かな召命に恵まれている。実際、日本のカトリック教会は来日した多くのベトナム人司祭、修道者によって支えられている。イエズス会日本管区にも2009年、ベトナム管区から2人の神学生が来日し、現在日本語を熱心に学んでいる。さらに歴史に目を向けるなら、日本とベトナムのイエズス会は不思議な縁で結ばれていることが分かる。実に、ベトナムに上陸した最初のイエズス会員は、1614年の伴天連追放令で日本から追放されてきた宣教師たちであった。彼らはマカオで日本再上陸の機をうかがっている間に、インドシナ諸国に派遣され、大越に入ったのだった。
 ベトナムにおける最も著名な宣教師はアレクサンドル・ド・ロード神父(1591~1660)である。ロード神父はベトナム語のローマ字表記を考案し、それに付属記号を付けてベトナム語の六声を区別できるようにした。これが今日のベトナム文字のもととなった。
 第二次大戦後、南ベトナムの教会を助けるようにとの依頼を受けたイエズス会は、ちょうど共産主義政権によって中国から追放された宣教師たちをベトナムに派遣した。ベトナム宣教の創始者フェルディナン・ラクルテル神父は、ダラトに教皇庁立ピウス10世大学を創立し、1960年にはサイゴンに修練院を開いた。
 しかし1975年にサイゴンが陥落すると、57人の外国人宣教師はただちにベトナムから追放された。この追放以降、ベトナム人会員は地下活動を続けていたが、当時の長上であるグェン・コン・ドァン神父をはじめとする7人の会員は逮捕投獄されるに至った。普通の共同体生活をできる場所はなく、会員たちは学校、工場などで働いた。
 1990年以降、徐々にイエズス会は自由を回復し、ベトナム政府との関係も次第に穏やかなものになっていった。2004年には哲学・神学のプログラムを政府が公認した。そして2007年、イエズス会のベトナム再渡来50周年の記念の年に、ベトナム管区が新しく創設された。このようにベトナムにおけるイエズス会の歴史は、追放から成長への、死から復活への波乱に富んだ道程であった。

 次に、ベトナムのイエズス会の過去と現在を「召し出し」の観点からまとめてみると、1975年、すべての志願院、修練院、神学院は共産主義政権によって活動を停止させられた。当時の修練者は実家に住み、人目を避けて修練長のもとに通って修練を受けたが、この混乱の時期を乗り越えて会にとどまった者はごく少数であった。しかし1990年にイエズス会がホーチミン市近郊に一つの小教区を任されたのを機に、毎週日曜日に志願者たちがそこに集まり、カテキズムその他の科目を学び、ともにミサにあずかった。この教会は一種の志願院として機能したが、教会活動の一つと見なされたため、政府から注意の目を向けられることはなかった。
 1990年には10人だった志願者数は、その後飛躍的に増加し、2007年には155人に至った。しかし2007年以降は毎年約10人の減少傾向にある。増加の原因としては、1990年以降、大学への進学率が増加し、伝統的な信仰を持つ家庭に育った多くの若者が、知識を得たうえで教会のために何かをしたいと志したことが挙げられる。また当時はコンピュータや携帯電話もなく、現在よりも各家庭の子どもの数が多かった。各修道会への減少の原因としては、学習熱が高まり、教会活動への参加が以前ほど活発でなくなったこと、ゲームや携帯電話やチャットなどの現代的な娯楽が増加し、経済的に富んだ将来を志向する傾向が強まったことなどを受けて潜在的な召命が減少していること、他方で多くの海外の修道会を含む召命の募集は増加していることにあると考えられている。
 ベトナム管区では、志願院の果たす役割が大きい。現在ベトナム管区には11の志願院があるが、できる限り志願者たち自身に志願院を運営させるようにしている。入会者には大学卒業を条件として課されるので、志願者は各自で自由に選んだ専門の勉学のために大学に志願院から通う。志願者は定められた日課に基づいて勉学と霊的生活を営み、月に一度各自の霊的指導者から指導を受け、週に一度は養護施設等での使徒的活動に従事する。このように志願院では、志願者が責任を伴った応需性を体験的に学べるように、霊的・使徒的・知的・共同体的養成を行なっている。こうして召命を入念に識別した志願者は修練院に入る。
 2007年以降、各志願院には召命促進担当の会員が一人置かれ、大学生を対象とした夏季黙想会を全国各地で実施している。また、志願者たち自身がウェブサイトを運営し、志願院の共同生活を動画や画像等で紹介し、さまざまな質問に答えることなどの召命促進活動を積極的に行なっている。これからもベトナム管区は、多くのすぐれた人材を世界に提供することだろう。
 
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