わかちあい   
オーストラリア管区 
若者たちの「聖なる望み」をかきたてよ!

ディビッド・ブレイスウェイト
(オーストラリア管区)

 オーストラリア管区にはイエズス会が経営する4つの学校がある。またイグナチオ的教育方法論を取り入れ、イエズス会が協力している多数の学校もある。1人のイエズス会員は、シドニーの社会的に恵まれていない地域の協力校の一つで働いており、他の全てのイエズス会員は、4つのイエズス会校の中等教育のどれかに従事している。4名のうち2人がシドニーの聖イグナチオ校と聖アロイジオ校、1人がメルボルンのザビエル校、1人がアデレードの聖イグナチオ校(ここだけがオーストラリア管区では男女共学校)である。これらの学校で、あわせて6000人の生徒が学んでいる。4校とも名門校であり、経済的に恵まれた家庭の子女が学んでいる。オーストラリア管区は伝統を保ちつつも、新しい取り組みを始めている。その新しい動きや、教育使徒職の現場で感じていることを、現在アロイジオ校で中間期をしているディビッドに分かち合ってもらった。日本とも共通点の多いオーストラリア管区では、教育使徒職にどのようなことが期待されているのだろうか。

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 我々の学校に通うほとんどの子供たちは経済的に恵まれた家庭からきています。そこで、経済的に恵まれない子供たちが、我々の学校で学べるようにすることが課題です。裕福な家庭の子女が多いという伝統を打開するために、それぞれの学校では積極的に奨学金のプログラムを増やしています。特に聖イグナチオ校の、多数の先住民の生徒のための奨学金プログラムは有名です。また、貧しい人たちに関心をもち、恵まれない環境にいる人たちに働きかける活発な奉仕は、学校の大きな特徴です。こうした取り組みは、学校を超えた様々な方法で具体化されてきています。例えば、何時間にもわたる社会奉仕活動がカリキュラムに組み込まれています。

 新しい奉仕活動について紹介します。休暇の期間を使って、現役の生徒や卒業生が教師たちやイエズス会員と共に、外国の文化の中で働き、奉仕し、学ぶという「異文化体験プログラム」です。各校で違った名称をつけていますが、すべてのプログラムに共通する目標は、生徒達がこれまでに体験したことのない、自分たちの世界と反対側の世界を体験できるためのものです。貧しい人々の中でも特に貧しい人たちと共に住み、彼ら彼女らのために働くことで、生徒達は、自分たちの置かれている恵まれた環境について見つめ、新しい視点を持ち、自分たちに求められているものを発見していきます。また、友情のうちに行われる奉仕によって、キリストとの親密さにも導かれていきます。これらの「異文化体験プログラム」などの奉仕活動が生徒に与える影響についていくら評価しても高すぎることはありません。生徒達は明らかに変化して戻って来るんですよ! そして、引き続き奉仕をしていきたいと言います。奉仕活動を通して、非常に強い愛校心が芽生え、卒業後も同窓会によって活動が支援されています。
 現在、私が中間期生として働いている聖アロイジオ校の昨年の卒業生数名は、ヴェトナムやアフリカ、ミクロネシアという貧しい地域でボランティアとして働いています。これらの地域へ奉仕の要望は、現在のところ我々が提供できる数を超えています。青年達の「聖なる望み」をかなえるために、より多くの派遣先を見つけることを今年度の目標にしています。

 若い生徒たちは、キリスト教を、知性偏重で道徳的に縛られた人々が逃げ込むものとして捉える世俗主義と直面しています。我々の文化は、宗教を蚊帳の外に置く結果として、文化そのものが病的なものとなってしまっています。しかし一方、希望に燃える青年たちから、この文化にも健全なものがまだまだあることを実感します。
 私にとって、学校で働く経験は、深い喜びと驚きが一つになっています。イエズス会員には、奉仕している人々の人生に深く関われる恵みがあります。迷える生徒に寄り添い、信仰の体験を分かち合うことで、キリストに出会える場を作ることができます。信仰を知的に探求することも楽しいですし、黙想会の祈りを通して日常生活に働くキリストの愛を体験するのも楽しみです。大人への道を歩み若者たちと共に生き、真理と愛を探究できることは、本当に大きな恵みだと感じます。私は学校で教えながら、生徒たちの素晴らしさに感動しています。神を探究することを妨げる文化の中にも関わらず、それでも素直に神を求めていく生徒の姿に驚きます。イエズス会のこのような奉仕に参加できることは私の喜びなのです。私の生徒たちは、私の魂を本当に豊かにしてくれていると感じています!
 私たちは、若い人々の魂を世話し、批判的に考える知性を刺激し、その一方で貧しい人たちへの心を形造ります。いつの日か、われわれの教育の実りが、イエズス会への召命となって戻ってくることも願ってやみません。
 
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