わかちあい   
ホセ・マリア・ルビオ(5月4日) 
5月4日
聖ホセ・マリア・ルビオ、司祭


 ホセ・マリア・ルビオ・ペラルタは、1864年7月22日に南スペインのダリアスで生まれた。1875年、12歳の時にアルメリアの小神学校に入った。1879年にグラナダの大神学校に移り、哲学、神学、教会法を学んだ。神学校教授、ホアキム・トレス・アセンシオ神父の家に住んでいたので、1886年にトレス神父がマドリッドの大聖堂にポストを得た折、ホセも同行した。そこで勉学を終え、1887年9月24日にマドリッド教区司祭として叙階された。マドリッドから離れた小教区で数年間司牧に従事したのち、神学校で教鞭を執るためにマドリッドへ呼び戻された。この時からマドリッドでの司牧活動が始まった。
 ルビオ神父はイエズス会に魅力を感じ、入会したいと思っていたが、その時彼のところに身を寄せていたトレス神父に対して恩義を感じて、入会できなかった。やがて1906年1月にトレス神父が他界したので、入会を妨げる要因がなくなった。1906年10月11日、42歳、グラナダにおいてイエズス会に入会し、会員としての養成を数年受け、マドリッドのドムス・プロフェッサに配属された。そこで人生の最後まで、司牧活動に熱心に注ぎ込んだ。
彼の説教は素朴で、心のこもったものであり、優れた雄弁術を用いた説教家のものとはかなり異なっていたが、極めて人気を博し、大勢の人々が指導を受けるために訪れ、そのため彼は一日何時間も告解場で過ごしていた。神への愛、聖体やイエスのみ心に対する信心を特に勧めた。定期的にスラム街を訪れ、貧しい人々やホームレスに神の愛を伝え、さらに彼らのニーズに応えるために、信徒たちの多くの使徒的活動を起こした。この信徒たちは奨学金や寄付で学校を助け、貧しい女性たちの花嫁持参金を募金し、熱心に病人や寝たきりの人たちを訪問し、小教区の練成会や黙想会を企画した。このような活動を立ち上げたので、ルビオ神父は「マドリッドの使徒」、「貧しい人々の父」として知られるようになった。
 彼の働きに対して反対、誤解、中傷などをたびたび受けたが、彼はつねに心の平静を保ち、熱心に従事していた事業から手を引くように言われた時にも、静かに退いた。
 狭心症を煩い、アランフエスの修練院に休養のために赴いたが、そこで1929年5月2日に息を引きとった。教皇ヨハネ・パウロ2世によって1985年10月6日に列福され、2003年5月4日にマドリッドで列聖された。
 「現代のこのイエズス会員は、観想と使徒的活動とを本当に一致させ、大都市の中で真のイグナチオ的な司牧方法を示してくれました。彼の説教は素朴で、言葉を飾らず、心で感じたことを表しました。和解の奉仕職では、イエスに表された神の寛大さや慈しみを示しました。また貧しい人々が、特に主に選ばれた人々だと認識していました。」(P-H. コルベンバッハ、AR XXIII[2003], 101)


 
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