わかちあい   
道の聖母(5月24日) 
5月24日
道の聖母


 「道の聖母(サンタ・マリア・デラ・ストラーダ)」とは、イエズス会の最初の教会の名称である。そこを拠点としてイグナチオとその仲間たちはローマの最初の使徒職を展開した。教会の中には、幼子イエスを抱いた聖母マリアの絵画があり、それは代々の会員に親しまれてきた。(最近の修復作業の結果を見ると、多くの会員がショックを受けるかも知れない。)今はこの小さな教会の土地に、「ジェズー」というイエズス会の大きな教会が建っている。
 1538年、ローマに集合したイグナチオと最初の仲間たちは、フランジパーニ家の土地にあった空き家を使わせてもらった。この家の近くに「サンタ・マリア・デリ・アスタリ」教会(つまり、アスタリ家によって建てられた教会)があり、通称、「サンタ・マリア・デラ・ストラーダ」として知られていた。それは、おそらく階段を上らずに道(「ストラーダ」)から直接に入ることができることに由来する。この教会で仲間たちはミサ、告解、説教を行ったり、子供たちに要理を教えたりして、使徒的活動を行っていた。
 1538年から39年にかけての冬は厳しいものだったので、会員は自分たちの借家で収容できるだけのホームレスに宿を貸した。この慈善事業を見て、教皇庁の執事であったペトロ・コダチオ神父は深い感動を覚えた。彼は、イグナチオから霊操の指導を受け、1539年にイタリアの最初の会員として入会許可を得た。
 翌1540年、この教会の権利を所持していた人はそれを手離ししたので、教皇パウロ3世はコダチオ神父にそれを与え、主任司祭とした。会員はこの教会の向かいの小さな家に引越ししたが、コダチオ神父は教皇に頼んで、教会とその土地をイエズス会に最初の教会として移管するように願い出た。1542年5月15日、イグナチオはその教会を教皇から譲り受けた。そして、コダチオ神父は会員として誓願をたてる前に、所持していた土地を全部売り払い、そのお金で教会の隣に新しい家を会員のために建てさせた。1544年9月にこの家は完成し、当時ローマにいた会員が皆そこに住めるようになった。家はやがて建て替えられたが、元の家の中でイグナチオが使った部屋はそのまま残して、今日に至っている。
 小さな教会を建て増ししても、会員の説教を聞くために駆けつけた大勢の人々を収容できなくなったので、フランシスコ・ボルハの総長時代、アレサンドロ・ファルネーゼ枢機卿の金銭的な援助を受けて、「イエスのみ名」(通称「ジェズー」)の新しい教会が建てられた。その中には小聖堂があり、代々尊敬されてきたあの絵画が飾られている。

*The original painting of Madonna Della Strada hangs in the Church of the Gesu in Rome, prior to restoration.*

 
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