わかちあい   
第1 教令 
第1 教令
新たな活力と情熱
教皇からの招きに応えて


Ⅰ.主から与えられた慰めの霊的体験
1.  35総会は、2008年1月10日付の書簡と2月21日の謁見という2度の機会に、教皇の深い愛情を経験した。聖イグナチオと最初の仲間たちの足跡をたどり、アドルフォ・ニコラス総長をはじめ、わたしたち225名のイエズス会総会代議員はキリストの代理者に迎え入れられた。わたしたちのミッションについてどのような話をされるのかと思い、心を開き耳を傾けた。それは恵みに満ちたひとときとして霊的に感動した体験であった。
    訓示のなかで、教皇ベネディクト十六世は、わたしたちの心に響く言葉で、イエズス会を信頼し、霊的親しさを感じ、深く尊敬していることを表明した。「複雑な社会的、文化的、宗教的課題」1 を多く抱えている現代社会のなかで教会に献身したいというわたしたちの望みを駆り立て、力づけた。

2.  この2回のことから、総会の課題整理に新しい光が当てられた。総長の選出後、わたしたちはおもな作業として、実際に、アイデンティティ、修道生活、ミッションの種々の問題を取り扱ってきた。総会は、本来の責任を果たすため、イエズス会の現状を注意深く分析し、そこからわたしたちの在り方と行動様式の霊的、福音的質を高める方向性を探った。そこで第一に重要となることは、キリストとの親しい一致である。これこそ、
「各々のキリスト者、特に直接に福音の奉仕に呼ばれている人々が、使徒職と宣教に献身することに真に成功するための秘訣である。」2

3.  わたしたち自身に対し、また主に対して徹頭徹尾誠実になろうと努力するなかで、『霊操』の第1 週の迫力が感じられてきた。自分たちの弱さや矛盾に気づかされると同時に、仕えたいという強い望みも感じた。そこでわたしたちの考え方や生き方まで見直すべきであると求められたのである。

4.  しかし、そのような経験をしながら、その根底にあるミッションの視野を決して見失っていたわけではない。たしかに、第1 週から第2週に移ると、視野も変わってくる。黙想者は、自分の人生全体がいかに慈しみと赦しに包まれていたかを経験し、自分自身のことから離れ、「すべての人、また一人ひとりをお招きになる永遠の王、わたしたちの主キリストとその前にある全世界を見る」3 ようになる。わたしたちは、まさに罪人でありながら、「イグナチオのように、イエスの仲間として招かれている」4 のである。

5.  代議員たちにとって、これが2月21日の教皇訓示から得た霊的成果であった。教皇は深い愛情とともに、わたしたちのミッションと教会への奉仕をめぐる力強いビジョンを示すなかで、「イエズス会に寄せられている期待に応えるために」5 視線を未来に向けるように呼びかけているように思えた。

Ⅱ.信任を受けて、ミッションに派遣される
6.  教皇はこのような力強い言葉で、目に見える形でわたしたちのミッションの未来の姿を決定的に表明した。明確ではっきりとした線で描かれたミッションである。それは、まず信仰を擁護し宣言することであり、しかも、視野を新たに広げさせ、社会的、文化的、宗教的な最前線に赴くようにわたしたちをつき動かす信仰である。アドルフォ・ニコラス神父が教皇への挨拶のなかでも述べたように、そのような最前線はわたしたちの評判、平穏、安心を脅かす対立や緊張に満ちたところかもしれない。それゆえに教皇がアルペ神父を回顧し、彼について言及した時、わたしたちは大きな感動を覚えたのである。教皇は、イエズス会は難民に奉仕するというアルペ神父の立案を「彼の最後の、将来を見通した直感のひとつ」6 として言及した。
 信仰の奉仕と正義の促進は、ひとつに結ばれていなければならない。教皇ベネディクトは、貧困を引き起こす不正には立ち向かうべき「構造上の原因」7 があると語り、それに対して献身的に取り組むことは信仰そのものに基づいていることを思い起こさせた。「貧しい人々を優先することは、ご自分の貧しさによってわたしたちを富ませるために貧しくなられた神に対するキリスト教信仰に含まれている ( 2 コリ8 : 9 参照)」8 ので
ある。
 教皇は、「他の人々が足を踏み入れていない、あるいは足を踏み入れるのが困難であると見なしている地理的、精神的な場」9 にわたしたちを派遣することによって、「理解と対話の橋を架ける」10 という課題をわたしたちに託している。これは多様な使徒職に従事してきたイエズス会の最良の伝統に則っている。「イエズス会は、その歴史の中で、福音と世界文化を出合わせた対話と福音宣教のすばらしい経験を重ねてきました。そのことは、中国のマテオ・リッチ、インドのロベルト・デ・ノビリ、そしてラテンアメリカの『保護居留地』を思い起こすだけでも十分でしょう。その業績を誇りに思うのは当然です。ここでわたしとしては、皆さんが先任者たちと同じ勇気と知恵、また同じ深い信仰に動かされて、主と主の教会に仕える同じ熱意をもって、彼らのたどった道を新たに出発するように奨励するのがわたしの務めだと思います。」11 このようにはっきりしたかたちで、ベネディクト十六世も、かつての総会が教会に奉仕するイエズス会特有のミッションについて述べたことを是認したのである。

7.  このように考えると、教皇が次の言葉を書簡と訓示で強調した理由が分かる。「教会の宣教活動は、神学、霊性、ミッションの各分野に関する養成を担当するイエズス会の責務に大きな信頼を寄せている」12 という指摘である。複雑な社会的、文化的、宗教的チャレンジに直面しているこの時代に、教皇は教会を誠実に援助するようわたしたちに求めている。この誠実さのなかに、神学分野において、また現代世界、他文化、諸宗教との対話において真剣で徹底した研究が要求される。教会がわたしたちに期待していることは、教会の信仰と教えを完全に守りながら、聖霊が教え導く完全な真理の探究に誠実に協力することである。このような援助や奉仕は、神学者の会員だけに限らない。すべての会員は多様なミッションや使徒職において鋭い司牧的感受性をもって行動するように呼ばれているし、また、同じ援助と奉仕は、会の事業体の中でもその特徴として現われているのである。

Ⅲ .教皇の呼びかけへの応え
8.  イエズス会は、聖イグナチオの教会的カリスマに劣らない高いレベルの応じ方で、この歴史的時期に直面しなければならない。ペトロの後継者はイエズス会に寄せている信頼について語ったが、使徒的共同体を成すわたしたちも、わたしたちに示されたと同様の温かさと愛情をもって心から教皇に応え、「地上におけるキリストの代理者」13 に対するイエズス会特有の応需性をはっきりと確認したい。35総会は、聖書と聖伝と教導権14 が密接に一つとなって表明される教会の信仰と教えに対して完全な忠誠を表明する。

9.  35総会は、すべての会員に、召命の要である惜しみない心を発揮するように呼びかける。それは、「十字架の旗のもとで神のために戦い、…地上におけるキリストの代理者であるローマ教皇のもとで、主とその花嫁である教会だけに仕える」15 ことである。

10.  養成の最初から生涯を通して、わたしたちは神と親しくなければならない。わたしたちの望みは、「さらに熱心に主を愛し、さらに徹底的に主に従えるように、わたしのために人となられた主をますます深く知ること」16 に関して、今も、これからも成長することであり、それは特に祈りと共同体生活、そして使徒職において実現されるのである。ナダル神父が言ったように、「イエズス会は熱意そのものである」。17

11.  周知のごとく、「イグナチオの世界観には、生ぬるさが入る余地がない。」18 したがって、若い会員に与える人間的、霊的、知的、教会的養成は、可能な限り深みがあり、力強く、活き活きとしたものでなければならない。それがあれば、彼らは「教会での奉仕にふさわしい態度」で19 、世界に対するわたしたちのミッションの目的を達することができるようになる。

12.  真に「活動における観想者」としてすべてにおいて神を求めて見出すために、わたしたちは絶えず『霊操』の霊的経験に立ち戻らなければならない。わたしたちは『霊操』が「主の霊から教会全体に与えた贈り物」であると考えて、教皇の呼びかけにもあるように、「『霊操』の使徒職に特別な配慮」20 を払うべきである。

13.  ベネディクト十六世が即位後、幾度かわたしたちに語ったように、今日の教会の生活とミッションにとって、知的使徒職が重要であるということも、わたしたちは認識している。わたしたちは教皇の呼びかけを聞き、それに全面的に応えたい。これと関連して、会の神学者たちに、勇気と知恵をもって彼らの任務を遂行するよう勧める。教皇が語ったように、「それはもちろん平坦な課題ではない。特に、まったく異なる社会的、文化的状況のなかで福音を宣べ伝え、異質の思考法に取り組むように呼ばれている人々にとってはそうである。」21 現代の宣教活動には困難が伴うが、神学者が「『教会とともに教会のなかで考える』というイグナチオの最も純粋な精神に基づいて、『実践的で愛情をこめた熱意』をもって地上のキリストの代理者に『愛と奉仕を尽くす』こと、そして、それによって教会全体に仕えている教皇の貴重でかけがえのない協働者になる」22 という姿勢が重要である。この時代の新しい最前線に派遣されるためには、教会の真っただ中にいつも自分の根を下ろしている必要がある。イグナチオのカリスマに特有なこの緊張が、真の創造的
忠実へと道を拓くのである。

14.  34総会の第11教令および2003年9 月にプロクラトール会議の結びに行われたコルベンバッハ神父の講話を背景に、総会はすべての会員に、わたしたちが持つべき「教会での奉仕にふさわしい態度」を熟考するよう呼びかける。場合によって、自分たちの反応や態度には必ずしも会の綱要で求められる「キリストにおいてまったく謙遜な、そして思慮深い人物」23 のものではなかったことを、自分自身にも神の前にも正直に認めなければならない。総会は、使徒的組織としての共同責任を認識して、このことを痛悔する。それゆえ、この複雑で悩める社会に教会がキリストの福音をもたらすために、積極的かつ建設的に、教皇と共に力を尽くし、「交わり」の雰囲気を作り上げていくよう、一人ひとりの会員に呼びかける。

15.   「糾明」24 を思い起こし、回心の恵みを主に願いながら、一人ひとりの仲間が「この時代の新しい最前線」での生き方、働き方を内省するように勧める。この糾明には次のことが含まれる。すなわち、「貧しい人々のなかで、貧しい人々と共に」遂行するミッションに伴うさまざまな要求、『霊操』使徒職への取り組み、すべての層の人におよぶ人間的キリスト者的養成、「救い主キリストの普遍性、性の道徳、結婚や家族といった、つねに議論されるテーマ」25 に関して「神の民に混乱や動揺を起こさないための教導権との一致」26 などである。会員各自は、自分の過ちや欠点を謙虚に認め、ミッションに従事するための助けとなる主の恵み、さらに必要であるならば、赦しの恵みを願い求めるように呼びかける。

16.  教皇の書簡と訓示は、わたしたちに新しい時代を開いた。この総会は、「新たな活力と情熱をもって、聖霊が教会のなかでイエズス会を興し、それに委ねたミッション」27 を生きるきっかけとなった。教会のなかで、教会と共に、教会のためにというわたしたちの責任を意識しながら、教会をますます愛したい。教会は、謙遜で貧しいキリストへと世界を導き、一人ひとりの人に「神は愛」28 であることを告げ知らせるからである。わたしたちにとって、キリストへの愛は必ずこの「教会と心を合わせること」29 につながるの、「全イエズス会はますます積極的に、ますます創造的に教会生活に心を合わせて、自らのなかで教会の神秘を体験し、それを生きる」30 ようになるのである。

17.  1月10日付の教皇の書簡と2月21日の訓示を通して、さらに熱心なあり方と生き方について、主がわたしたちに何を呼びかけておられるかを認識した。「わたしたちを教皇と特別に結びつける、『派遣に関する』第四誓願の精神」31 を活かし、わたしたちは、教皇がわたしたちに実行に移すように招いていること、また継続したり着手するよう勧めていることを、すすんで成し遂げる用意があることを表明したい。わたしたちは、教会へのより大いなる奉仕と神のより大いなる栄光のために、主のぶどう畑に派遣されるための新たな応需性を表明する。み旨を果たすために主の霊の力を願って、わたしたち全員は声を合わせて、ペトロの後継者と共に祈る。

「主よ、わたしのすべての自由を取って、受け入れてください。
わたしの記憶、知性、意志のすべてを。
わたしにあるものと持っているものすべては
あなたからいただいたものです。
それをすべてあなたにお返ししますので、
お望みのままにお使いくださるように委ねます。
ただあなたの愛と恵みを与えてください。
わたしにはそれだけで十分です。」32
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1 ベネディクト十六世「ペーター・ハンス・コルベンバッハ神父への書簡」(以
下「書簡」)(2008年1 月10日)3
2「書簡」2
3『霊操』95
4 32総会第2 教令1
5 ベネディクト十六世「イエズス会35総会への訓示」(以下「訓示」)(2008年2
月21日) 1
6「訓示」8
7「訓示」8
8「訓示」8
9「訓示」2
10「訓示」5
11「訓示」5
12「書簡」6
13『基本精神綱要』(Exposcit debitum)( 1550年7月15日)3(MHSI 63, 375)
14 第二バチカン公会議『啓示憲章 (Dei Verbum)』7-10と教理聖省の教書
Donum Veritatis 13-14参照.
15『基本精神綱要』(Exposcit debitum)( 1550年7月15日)3(MHSI 63, 375)
16『霊操』104
17 ヘロニモ・ナダル「アルカラでの訓話その三」(1561年) 60( MHSI 90, 296)
18 ペーター・ハンス・コルベンバッハ「イエズス会の友人や協働者へ」、AR 20
(1991年), 606
19 34 総会第11 教令
20「訓示」9
21「書簡」5
22「訓示」7
23『基本精神綱要』(Exposcit debitum)( 1550年7 月15日) 6 (MHSI 63, 381)
24『霊操』32-43
25「訓示」6
26「訓示」6
27「訓示」2
28 ベネディクト十六世回勅『神は愛』
29『霊操』352-370
30 33総会第1 教令8
31 34総会第11教令18
32『霊操』234
 
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