わかちあい   
いま養成に求められるもの 
韓国のイエズス会員尹さんと徐さんが、日本での研鑽を終えて司祭叙階をお受けになること、こころよりお祝い申し上げます。イエズス会員は修練から最終誓願まで、長い養成期間を経てようやく一人前となるのですから、叙階の秘跡を受けられるお二人はまだ路なかばと感じておられるのではないかと思います。
 現代はあらゆるものが流動化し、絶えず変化すると言われています。これまで通用してきたことが効力を失い、しかも新しいもがまだ姿を現していない…。これから世界はどうなっていくのかという漠然とした不安が人々の心を暗くしているように思えます。そのような世界で、イエズス会は何をすべきなのでしょうか。若いイエズス会員にはどのような準備が期待されているのでしょうか。
 世界が流動的であればあるほど、原罪という時に落ち着いて向き合う必要があると思います。現代の日本では、毎日が子供までも忙しいと嘆くほどの生活で、時間は砂粒のように手のひらからこぼれ落ちていくようです。現在という時を生かすには、落ち着いてそれを握りしめ、手に平で味わう心の余裕が必要です。
 現在という瞬間にとらわれていては、それは無理です。今をいかに有効に使うかという心配で生活を忙しくしているのが現代人だからです。むしろなにをめざしているのか、つまりヴィジョンをもっているかどうかで、現在が生きも死にもするのではないでしょうか。また、将来を展望するヴィジョンは、カリスマの原点という過去と無関係であれば、根を切られた浮き草のようになってしまいます。過去と未来の両方にしっかりと立脚した現在を生きる。これは、第二ヴァチカン公会議が修道会に求めた刷新の革新でした(『修道生活の刷新に関する教令』参照)。
 イエズス会のカリスマの原点は「ローマ教皇に身を委ね、全世界に行って人々に仕えるために派遣される」ことを望んだイグナチオ・デ・ロヨラにあります。またイエズス会のヴィジョンは、伝統的な表現を使えば、「アド・マイヨレム・デイ・グロリアム」(神のより大いなる栄光のために)です。世界がキリストの福音に生かされるとき、人間が本来の姿に近づくとき、すべてを創造された神の偉大さ、神の栄光が顕れる、という、終末的なヴィジョンです。神と人々に仕えること、これがイエズス会の原点でありヴィジョンです。イエズス会員全員がこれを自分のものとするように、生涯にわたって自己を養成するように求められているのです。
 神と人々に仕える路は数多くあるでしょう。イエズス会にはふさわしい路があり、日本管区では最近それを「仕えるキリストと共に日本社会の福音化をめざして」というモットーで表しました。養成中の会員だけでなく日本管区のイエズス会全体としても、このモットーをもとに自己を養成する、とい目標が掲げられたのです。養成の目標はキリストと共に‐しかも十字架になっておられるキリストとともに‐人々に仕えることです。養成期間に、まだ落ち着いて考えることができる余裕があるうちに、キリストとは私にとって、また日本という社会・文化にとって、「いったいどなたでしょう」(マルコ四・四一)と問い続けていただきたいものです。養成期間を終えた後も、この問いは生涯の問いとして続くでしょう。
 今求められている用紙絵とは何だろうかと考えるとき、「私に仕えようとする人は私に従いなさい。こうして私がいるところに、私に仕える人もいるようになる」(ヨハネ一二・二六)というイエスの言葉に、イエズス会に求められる養成の本質があるように思えてなりません。



 イエズス会を創立した時からイグナチオは、勉学期を終えた神学生のために、修練院での修練期の他にもう一年別の修練期が必要だと考えていました。その考えはまったく新しいものでしたが、長年彼が心に抱いていたものでした。この養成段階は他の修道会には見られない独自のものを表しています。
 独自なものと言えば、修練期の長さにしてもまたそうでした。当時の修道会の修練期は誓願を立てる前の一年間だけしかありませんでした。イエズス会も初めはこの伝統にしたがいましたが、後に会員の養成にとって実習が果たす役割の重要さを認め、数カ月およぶ実習が最初の修練期と勉学期の後の修練期とに加えられました。しばらく試みがなされた後で、一五五〇年になってようやく修練の期間がはっきり定められました。それは最初の二年間は全員に、最後の一年間は勉学期を終えた神学生というものでした。
 最後の修練期が二年間ならば、養成のこの最後の段階は「三年目の試練期」となり、そこから第三修練と呼ばれることになります。初期の記録によれば、第三修練が正式な養成期としてまだはっきりと定められていなかった頃は、それ後に見られるような十分な形で行われることはほとんどなかったようです。創立者の目的そのものははっきりしていたのですが、冷害や便宜や免除などが与えられたのです。
 イグナチオの後、ライネス、ボルハ、メルクリアンと総長が続き、どんな例外も免除も与えるべきではないと次第に強調されるようになりました。しかし第三修練が一定の形を取るようになったのはアクアビバが総長になってからのことでした。アクアビバを総長に選出した当時の総会議は、会憲が第三修練について定めていることは、いかなる区別を設けることなく、全力で実行するよう総長である彼に勧めました、なぜなら「会が存続するか否かがまさにこの点にかかっている」からでした。
 アクアビバは、重要な三つの指針によって第三修練に形を与えました。これは後に第七総会議によって承認され、以来ほとんど変わることなく今日に至っています。
 他の養成期間と同じく第三修練も、教会内の様々な危機に影響されて、ここのところ難しい状況にあります。しかし果たしてこのことから、第三修練がすでに過去の遺物になってしまったと言えるのでしょうか。
 第三修練に伴う困難について、第三一総会議は次のように述べています。「現在経験される困難の多くは、第三修練というこの制度自体をどのように推し進めていく、というその具体的方法に関するものである。」言いかえれば、それらの困難は第三修練という制度そのものから出てきたのではないということです。一九七八年にアルペ師は、第三修練が持つ困難を認めた上で、はっきりとこう述べています。「第三修練は今後もずっと必要だろう。むしろこれまでよりももっと必要となるだろう。それは使徒職にとってばかりでなく、会全体を完成させるためにも。また会員一人一人がむずからの全人格を統合させるためにも非常に効果を生むものであることが分かるだろう。」
 第三修練は決して過去の遺物ではありません。現総長であるコルベンバッハ師は第三修練が修道生活に新鮮な刺激とダイナミズムを与える良い機会であると断言しています。会憲に表されているイグナチオの直観は、今日でもまだ十分に有効なものなのです。

第三修練の三つの主な目的
 一 キリストとの関係
 「愛の学校」と呼ばれる養成のこの最後の段階で、第三修練者はイエズス・キリスト御自身とその救いの御業に対して、深い愛から自分自身を奉献したいと望んでいます。この奉献への望みは、主にこの時期の最も大切な要素である大黙想の経験から得られます。修練者は祈りの沈黙の中で、キリストの神秘のもとに自らの人生と向かい合います。キリストの愛とその真なる教えによって心が深く満たされて、イグナチオが望んでいるように「霊において成長し続け、主キリストにひたむきにしたがう霊的な人物」へと変わっていくのです。第三修練者の生活の中心はキリストとなり、自らイエズスの伴侶(コンパニア・デヘスス=イエズス会員)として救い主キリストの派遣に身を委ねること、もはやそれ以外の何も望まれないのです。
 二 イエズス会との関係
 イエズス会員が最終的に会に組み込まれるのは第三修練の後です。そこで修練者は自分の実際の生き方と、会員としての生き方とを誠実に向かい合わせることになります。それは、(一)基本精神綱要や会憲などの基本的な文書を深く理解すること、(二)最近の総会議の教令で明らかにされているイエズス会の精神を心から受け入れること、(三)イエズス会の歴史に精通すること、特にイエズス会の精神をその生涯に受肉させた多くの優れた先輩たちと深く親しむことなどを含んでいます。
 会との一致は、時にこうしたことからもたらされるのです。
 三 教会との関係
 イエズス会は、教会の「中で」また教会の「ために」奉仕を行います。そこで修練者は、教会の最も重要な公文書を賢明に自分のものにするように努め、また現実に起こる様々な問題にうとくならないよう努めて行かなければなりません。このような心の開き誠実さから、時として教会との一致や教会への態度の変化などが生まれてくるのです。
 イグナチオは、当時の教会が持っていた限界を十分に知っていながらも「教会の人」でした。彼が仕えたのは教会であり、彼が愛したのは教会だったのです。
イエズス会の歴代総長とその在位期間
(本文で触れられた総長のみ)
 イグナチオ・デ・ロヨラ(一五四一~一五五六)イエズス会創立者 初代総長
ディエゴ・ライネス(一五五八~一五六五)第二代総長
フランシスコ・ボルハ(一五六五~一五七二)第三代総長
 エヴェラルド・メルクリアン(一五七三~一五八〇)第四代総長
 クラウディオ・アクアビバ(一五八一~一六一五) 第五代総長
 ペドロ・アルベ(一九六五~一九八三) 第二八代総長
 ペーター・ハンス・コルベンバッハ(一九八三~現在に至る) 第二九代総長

佐久間 勤(イエズス会司祭 上智大学神学部教授)

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